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福音の種


祈り

おお主よ、たとえわたしたちが植え、水を与え、議論できたとしても、わたしたちは人々に命を与え、成長させることはできません。おお、主よ、あなたは命を与える主であり、人々に命を与え、そして人々を成長させる方です。


詩歌:69


本日の聖書箇所:マルコ4:35―5:43


重点の節:

マルコ4:39 イエスは目を覚まして、風をしかりつけ、海に「黙れ!静まれ!」と言われた。すると風はやんで、大なぎになった。


本日のフットノート抜粋


マルコによる福音書第5章のこの女に関する出来事は、会堂管理人の娘の出来事とつながっており、彼女の病気の十二年が娘の年齢であること、一人は大人で一人は若くはあるが、両方とも女性であることから、これらの出来事は、一人の人の完全な物語であると考えてよいでしょう。この見方によれば、その娘は、いわば、その婦人の死の病の中で生まれ、また死の病のゆえに死んだのです。その婦人の死の病が救い主によっていやされた時、その死んでいた娘は死から起き上がりました。これは、堕落したすべての人は罪という死の病の中で生まれ、罪の中で死んでいることを象徴します(エペソ2:1)。その罪という死の病が、救い主の贖いの死によって取り扱われる時(Iペテロ2:24)、その人は死から命の中へ起き上がります(ヨハネ5:24-25)(参照:マルコ5章25節 フットノート1)。


命の供給

 バプテスマのヨハネによって宣言され、主イエスご自身によって宣べ伝えられた福音は、わたしたちの心の中にまかれた命の種としての、人性における三一の神の事柄です。神の王国が何であるかを知ろうとするなら、この非常に重要な事柄を見る必要があります。

 この事柄をはっきりさせるために、わたしは生物学から「遺伝子」という用語を借りたいと思います。わたしたちの中にまかれた人性における三一の神は、王国の遺伝子です。わたしたちは、人の遺伝子がなければ人の命を持つのは不可能であることを知っています。わたしたちの誕生、わたしたちの存在、わたしたちの生存はすべて、遺伝子から来ました。今や、人性における三一の神はわたしたちの中にまかれて、王国の遺伝子となることを見なければなりません。主を賛美します、この遺伝子がわたしたちの内側にあります! 結局、王国はこの遺伝子から出てきます。

 王国の遺伝子としての神・人がわたしたちの中にまかれたのですから、わたしたちは自然に互いに愛し合い、驚くべき交わりを享受します。わたしたちは主の回復における召会は、さまざまな人種、国籍、文化の真のるつぼであると言ってよいでしょう。実は、わたしたちは共に溶かされるだけではありません。わたしたちは共にブレンディングされ、ミングリングされています。あなたはなぜわたしたちが互いに愛し合うか、知っているでしょうか? わたしたちが互いに愛し合うのは、内側にある遺伝子のゆえです。この遺伝子は、わたしたちが互いに愛し合う要素を含んでいるのです。

 日ごとに王国の種は、わたしたちの内側で成長し発展していきます。この種、この遺伝子がわたしたちの中にまかれたこと、これが肉体と成った三一の神、人性における神ご自身であるという事実に、わたしたちがみな印象づけられるよう、わたしは負担を持っています。中風の人を赦した方は、今や王国の種としてわたしたちの中におられます。

 ああ、わたしたちがみなこの良きおとずれを他の人たちに告げる負担を受けますように! わたしたちは多くの事を忘れるかもしれませんが、遺伝子がわたしたちの内側にあることを、みな覚えておくべきです。人性における三一の神は、命の種としてわたしたちの中にまかれて、成長し、発展し、王国という結果になります。ですから、王国は福音の結果であり、また福音の目標となるでしょう。結果と目標の間に、内側にある驚くべき遺伝子の結果の継続である召会生活があります。(マルコによる福音書ライフスタディ、メッセージ14)

明日の主題:イエスは群衆を深くあわれまれた