聖書の御言と通読手引の無料配信サービス【eRSG】

主の宴席


祈り

おお、主イエスよ。あなたを享受します。あなたの性質を享受します。あなたの本質を享受します。あなたの臨在、さらにあなたの御顔を享受します。


詩歌:115


本日の聖書箇所:ルカ24:13-53


重点の節:

ルカ24:51 イエスは祝福しておられる間に、彼らを離れて天に上げられた。


本日のフットノート抜粋


ルカはこの書で、人・救い主に関する五つの重大な卓越した面をおもに見せ、提示しています。それは、彼の誕生、務め、死、復活、昇天です。
(1)彼の誕生は、本質的に神の霊から、また神の霊をもって成就され、彼を神・人にし、人―救い主とならせました。
(2)彼の務めは、エコノミー的に神の霊によって、また神の霊を通して行なわれ、彼のヨベルの年に神のエコノミーを遂行しました。
(3)彼の死は神・人によってであり、人のために神の贖いを成し遂げ、地上で燃える命の火として、ご自身を人の中へ解き放ちました。
(4)彼の復活は、(a)神が彼と彼の働きを立証されたこと、(b)彼のすべての達成における成功、(c)神の宇宙的な敵に対する彼の勝利です。
(5)彼の昇天は、神が彼を高く上げられたことであり、彼を神のキリストまた万物の主としました。それは、彼がすべてを含む霊と成って、彼の信者たちで構成された彼のからだの上に天から注ぎ出され、地上で彼の天的務めを遂行するためでした(参照:ルカ24章51節 フットノート1)。


命の供給

 ルカによる福音書第22章19節は言います、「それから、イエスはパンを取って感謝をささげ、それをさいて彼らに与え、言われた、『これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である.わたしの記念にこれを行ないなさい』」。19節のパンは過越のパンではありません。それは主の食卓のパンです。さらにこの節で主は言われました、「わたしを記念してこれを行なえ」。ですから、それは出エジプト記第12章で起こったことの記念ではありませんでした。主の食卓のパンを食べることは、人・救い主を記念して行なわれます。
 わたしたちはこの事実を強調してきました。すなわち、彼は信者たちが彼を記念するこの新しい晩餐を開始して、過越の祭り、すなわち、エホバの救いを選民が記念する旧約の晩餐(出12:1413:3)に置き換えられました。新約のこの新しい宴席は、パンを食べ杯を飲むことによって、人・救い主を記念するためです。パンは、彼の信者たちのために与えられた彼の体を象徴し(Iコリント11:24)、杯は、彼らの罪のために流された彼の血を象徴します(マタイ26:28)。パンは命(ヨハネ6:35)、神の命、永遠の命を示し、杯は祝福を示します(Iコリント10:16)。それは、信者の分け前としての神ご自身です(詩16:5)。罪人として、彼らの分け前は、神の怒りの杯であるべきでした(啓14:10)。しかし、人・救い主は彼らに代わってその杯を飲まれ(ヨハネ18:11)、彼の救いは彼らの分け前、満ちあふれる(詩23:5)救いの杯となります(116:13)。その内容は、信者たちのすべてを含む祝福としての神です。このパンとこの杯が、人・救い主の晩餐の構成要素です。彼の晩餐は、彼が設立された食卓(Iコリント10:21)、宴席であって、彼の信者たちが彼をそのような宴席として享受して、彼を記念するためです。こうして、信者たちは彼を記念する時、贖い、命を解き放す彼の死を展覧し(11:26)、全宇宙に、彼の豊かな驚くべき救いを証しします。(ルカによる福音書ライフスタディ、メッセージ49)

明日の主題:言は肉体と成った