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主の御名を呼び求める


祈り

主よ、あなたの御名のゆえに、あなたを礼拝します。あなたの御名は全てを含み、偉大で、超越しており、豊富です。わたしたちはこの御名の中に隠れ、とどまります。


詩歌:663


本日の聖書箇所:使徒5:33―7:1


重点の節:

使徒6:7 こうして神の言は成長し、弟子の数はエルサレムで大いに増し加わった.そして大勢の祭司たちが、その信仰に従うようになった。


質問にお答えください


  1. なぜ言葉の務めに祈りが必要なのでしょうか?(参照:使徒6:4のフットノート1)"
  2. 神の言葉が成長することは何を示すのでしょうか?(参照:使徒6:7のフットノート1
  3. なぜイエスは聖なる宮を破壊すると訴えられたのでしょうか?(参照:使徒6:14のフットノート1

命の供給

 使徒行伝第2章21節は主の御名を呼び求めることについて語ります。名はパースンを示します。イエスは主の御名であり、その霊は彼のパースンです。わたしたちが「主イエス」と呼ぶとき、わたしたちはその霊を受けるのです。

 文脈によれば、21節は、17節で始まったヨエル書の預言の結論です。21節がその引用の結論であるという事実は、神が彼の霊をすべての肉の上に注がれることの結果は、主の御名を呼び求めることを通して彼らが救われることを示します。神が彼の霊を注がれることは、彼の選びの民への主の救いの適用です。救われることはこの霊を受けることです、そしてこの霊は神の新約エコノミーにおける福音の祝福です(ガラテヤ3:2, 5, 14)。この霊は息としての主ご自身です(ヨハネ20:22)、またわたしたちにとって生ける水です(ヨハネ4:10, 14)。彼をわたしたちの息として吸い込み、また彼をわたしたちの生ける水として飲むために、わたしたちは彼を呼び求める必要があります。哀歌第3章55節から56節は主を呼び求めることは呼吸であることを示し、またイザヤ書第12章3節から4節は主を呼び求めることは飲むことであると示しています。わたしたちは主を信じた後も、彼を呼び求める必要があります、それはわたしたちが救われるだけでなく、また彼の豊富を享受するためです(ローマ10:12-13)。彼の豊富は、わたしたちの霊を活用することにより、彼を呼び求め、彼を吸い、彼を飲むことを通して享受されます。これは神の真の礼拝です(ヨハネ4:24)。主はこの礼拝を彼の与えた生ける水を飲むことにつなげました(14節)。

 わたしたちが福音を宣べ伝え、他の人たちが救われるのを助けるとき、わたしたちは彼らが主の御名を呼び求め、「おお、主イエスよ!」と言うよう励ます必要があります。経験から、わたしたちは主の御名を強く呼び求めれば呼び求めるほど、救いの経験は強力であることを知っています。

 福音の宣べ伝えを聞き、救われたい人が静かに弱々しく、「主イエスよ、あなたはわたしを愛しておられます、そしてあなたはわたしのために死なれました。わたしはあなたを信じます」と祈るとしましょう。そのような弱々しく祈る人が救われるのを認めることは難しいかもしれません。しかしながら、だれかが力強く主イエスの名を呼び求めてこう言うとします、「主イエスよ! おお、主イエスよ! 主よ、わたしは罪人です。しかしあなたはわたしのために死なれました! おお、主イエスよ、あなたを愛します!」。疑いもなく、このように祈り、主の御名を力強く呼び求める人は救われます。彼は救われて、主にある喜びで我を忘れさえするかもしれません。(使徒行伝ライフスタディ、メッセージ9)

明日の主題:主は迫害されている者を非常に気遣っておられる