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行いによる義と信仰による義


祈り

主よ、信仰によって義とされた事実をまず感謝します。そして、信仰により神聖な命を受け、その命を日々生きるようにしてくださったことをさらに感謝します。今や、わたしたちはさらに前進し、命の結果として、行いにおいても義とされることを望みます。どうか、わたしたちの生きた信仰から行いが現れ、その行いにより義の実がもたらされますように。


詩歌:748


本日の聖書箇所:ヤコブ2:14―3:18


重点の節:

ヤコブ2:24 あなたもわかるように、人が義とされるのは行ないによるのであって、信仰によるだけではありません。


本日のフットノート抜粋


信仰によって義とされることは、神聖な命を受けるためです(ローマ5:18)。行ないによって義とされることは、神聖な命を生きることを通してです。生活は命の結果ですから、行ないによって義とされることは、信仰によって義とされた結果です。アブラハムがイサクをささげたことと、ラハブが使者たちを受け入れ、また彼らを送り出したことは両方とも、彼らの生きた信仰から出てきた行ないです。生きている木は、確かに実をもたらします。行ないによって義とされることは、信仰によって義とされることと矛盾しません。後者は原因であり、それは前者をもたらします。前者は効果であり、後者の結果と証明です。(参照:ヤコブ2章24節 フットノート1


明日の主題:神に服従し、悪魔に抵抗しなさい