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聖書の結び


祈り

主よ、語る神を礼拝します。語り出した御言葉、書き出された御言葉、つまり聖書を構成した御言葉のために、あなたに感謝します。この地上に聖書があることは、何という恵みでしょう。


詩歌:768


本日の聖書箇所:啓22:16-21


重点の節:

啓22:17 その霊と花嫁が言う、「来たりませ! 聞く者も『来たりませ!』と言いなさい。渇いている者は来たれ.欲しい者は、命の水を値なしに飲むがよい」。


本日のフットノート抜粋


 聖書全体の啓示は、宇宙的夫婦の愛の物語をわたしたちに見せています。すなわち、宇宙と万物を創造された主権者なる主、肉体と成ること、人の生活、十字架、復活、昇天の手順を経た父、子、霊の三一の神が、最終的に命を与える霊と成られて、創造され、再生され、造り変えられ、栄光化された、霊、魂、体の三部分から成る人、最終的に神の表現である召会を構成する者と、結婚において結合されます。終わりのない永遠において、神聖で、永遠の、卓越した栄光の命によって、彼らは神と人が一つ霊にミングリングされる生活、最高にすばらしい、祝福と喜びに満ちあふれた生活をします。(参照:啓22:17のフットノート1


命の供給

 命の木は命の川の両側に成長します。それは上に向かって伸びるのではなく、ぶどうの木のように広がって伸びます。ですから、命の水の流れに沿ってそれを自由に取ることができます。命の木であるキリストは、命の水であるその霊の流れに沿って自由にあずかることのできる命の供給です。その霊の流れる所には、キリストの命の供給があります。これはみな大通りが表徴しているように、わたしたちの聖なる道である神聖な性質の中に、またそれと共にあるのです。これは聖なる都の供給であり、その都が供給される道でもあります。

 これから積極的な例証を考えましょう。内側の規制が、ある特別な品物を買わないようにと告げているとします。彼女は「アーメン、主よ、アーメン」と言います。直ちに彼女は、自分が金の大通りを歩いていることがわかるでしょう。同時に彼女は、内なる流れが増強され、増大されるのを感じるでしょう。彼女はまた内側の流れが、豊かな命の供給をもたらすことを感じるでしょう。これが命の木の享受です。その後、彼女はおそらく、その店にそれ以上とどまっていたくなくなるでしょう。彼女がその店を出る時、ハレルヤを歌い、叫びたい感覚さえするかもしれません。これは金の大通りを歩き、流れる川にあずかり、命の木のあらゆる豊富を享受することを意味します。

 わたしたちの全存在を、贖う神の頭首権に服させる時、彼の御座はわたしたちの内側に据えられます。この御座から命の川が流れ出ます。この命の川は金の大通りの中央を流れ、この流れる川に沿って命の木があります。それはわたしたちの命の豊かな供給として、その川に沿って成長している一本のぶどうの木です。御座はここにあり、わたしたちが、贖う神の頭首権と権威に服するのを待っています。わたしたちがこの頭首権に服すると、命を与える霊は直ちにわたしたちの内側を流れ、わたしたちは自分が金の大通りにいることがわかります。金の大通りを歩く時、命を与える霊の内側の流れはすばらしく、新鮮であり、満足させ、供給することがわかります。わたしたちの内側のこの流れを適切に記述するには、多くの言葉が必要でしょう。生ける水のこの流れに沿って、川の流れによって成長する命の木の豊富があります。これは、川の流れがある所に、わたしたちを供給する命の木があることを意味します。(啓示録ライフスタディ、第65編)

明日の主題:聖書は神が人類に与えられた最上のプレゼント