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もし塩が塩味を失ったなら、何によって塩味を取り戻すのだろうか?


祈り

主よ、わたしたちは自分自身の内に塩を持つことを願います。それは、わたしたちに未だに罪を犯す性質があるからです。わたしたちには浄化する火、塩味が必要です。また、罪からきよめられるためだけではなく、いかなる分裂的要因からもきよめられ、互いに平和であることを願います。どうか、浄化する塩によって、わたしたちの言葉が浄化され、合一のための寛容を学ぶことができますように。


詩歌:76


本日の聖書箇所:マルコ9:33―10:12


重点の節:

マルコ9:35 イエスは座って、十二人を呼んで言われた、「だれでも第一になりたいなら、すべての人の後になり、すべての人のしもべとなりなさい」。

マルコ9:50 塩は良いものである.しかし、もし塩が塩味を失ったなら、何によって塩味を取り戻すのだろうか? 自分自身の内に塩を持ちなさい.そして互いに平和でありなさい」。


本日のフットノート抜粋


マタイ第5章13節のノート2を参照。ここの言葉の適用は、マタイによる福音書第5章13節(マタイ5:13)やルカによる福音書第14章34節(ルカ14:34)のものとは異なります。マタイとルカで、塩はこの世に対して信者たちが及ぼす影響を描写します。塩は腐敗した世を塩づけるためです。ここの塩は、浄化する火と同意語であって、罪を犯す信者たちに塩味をつけるためです。それは、神の懲罰がこの時代に、罪を犯す信者たちのためにあるのと同じです。(参照:マルコ9:50ノート1


明日の主題:多くの人の贖いの代価として、自分の命を与える