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天からのビジョン


祈り

主よ、わたしたちを支えてください。わたしたちに天からのその霊を与えてください。その霊からの御言葉を与えてください。また常にここで新しい光、新しい啓示を解き放ってください。


詩歌:773


本日の聖書箇所:使徒28:1-31


重点の節:

使徒28:31  大胆に、妨げられることなく、神の王国を宣べ伝え、主イエス・キリストについての事柄を教え続けた。


本日のフットノート抜粋


主は使徒を超越性の中に保ち、思い煩いの領域をはるかに超えた生活をすることができるようにされました。この生活は、完全に威厳があり、最も卓越した神聖な特質を表現する人の最高水準の美徳を伴っていました。それは、何年も前に、主ご自身が地上で生きられたような生活でした。これは、神性によって豊かにされた人性の中で、再び地上で生きられたイエスでした! これは、すばらしい、卓越した、奥義的な神・人であり、彼は福音書の中で生き、彼の多くの肢体の一人を通して、使徒行伝の中で生き続けられました! これが、肉体と成り、十字架につけられ、復活し、神が高く上げられたキリストの生ける証しでした!(参照:使徒28:9のフットノート1


命の供給

 使徒行伝第26章16節で主イエスはパウロに言われました、「わたしがあなたに現れたのは、わたしを見た事と、わたしがあなたに現そうとしている事について、あなたを奉仕者、証し人として任じるためである」。ここで「事」という語句が二度用いられていることに注意してください。ここでパウロは、主が彼に現れた事と、彼に現そうとされる事について奉仕者また証し人として任じられた、と言っています。これはパウロの言っていることですが、彼がその問題を提示したやり方ではありません。むしろこの節は、パウロが主を見た事と主が彼に現そうとされた事について語っています。

 16節は、パウロがキリストを見ることなしに、ある事の啓示を受けたのではないことを示します。そうではなく、彼は自分がキリストを見た事を受けたのです。言い換えると、キリストはそれらの事の内容であるご自身なしに、パウロに事柄を啓示されたのではありません。こういうわけで、パウロは主を見た事の証し人となったのです。パウロが見たすべてのビジョンの中で、彼はキリストを見ました。さらに、彼は主が彼に現そうとするはずであった事柄についての証し人でした。ここで主はパウロに言っておられるかのようでした、「あなたが受けるすべてのビジョンと啓示の中で、わたしはあなたに現れるでしょう」。このことは、もしわたしたちがビジョンと啓示を見るだけで主を見ないとしたら、わたしたちが見るものはむなしいことを示します。

 原則的には、今日わたしたちの経験もパウロやヨハネと全く同じであるべきです。仮にあなたが、新約の学びの中でエペソ人への手紙第5章についてある理解を持っていると主張するとします。しかしながら、決定的な点はこれです。あなたはエペソ人への手紙第5章の中にキリストを見ているでしょうか? もしあなたが妻を愛する夫、そして夫に従う妻の問題を見るだけでキリストを見ないとしたら、あなたのエペソ人への手紙第5章の理解はとても貧弱であり、むなしくさえあります。あなたは聖書のある教えを知っているかもしれません。しかしそれらの教えの中に、キリストを見ていません。わたしたちがみな、自分は見て知っていると叫んだことの中に、キリストを見ることの重要性を学びますように。(使徒行伝ライフスタディ、メッセージ68)

明日の主題:神性と人性との混ざり合いであるキリスト