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だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を否みなさい


祈り

主よ、わたしたち自身は間違いを犯す性質を持っています。わたしたちは、あなたがわたしたちを救ってくださることを信じます。わたしたちがわたしたちの自己を拒絶し否むことを学ばせてください。


詩歌:362


本日の聖書箇所:マルコ8:27―9:32


重点の節:

マルコ8:34 それから、イエスは群衆を弟子たちと共に呼び寄せて言われた、「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を否み、自分の十字架を負い、わたしに従って来なさい」。


本日のフットノート抜粋


23節から25節(23―25節)で、三つの事が互いに関係し合っています。それは、「思い」、「自分」、「魂の命」です。思いは自己の表現であり、自己は魂の命の化身です。魂の命は自己の中に化身し、自己によって生かし出されます。わたしたちの自己は、思い、思想、観念、意見を通して表現されます。思いを神の事柄にではなく、人の事柄に付ける時、わたしたちの思いは自ら行動し、それ自身を表現する機会を得ます。これが、ペテロに起こったことでした。ですから、続く主の言葉は、ペテロが「自分」を否まなければならない、自分の魂の命を救うのではなく、それを失わなければならないと言われたのです。魂の命を失うことは、自己を否むことの実際です。これが十字架を負うことです。(参照:マタイ16:24ノート2


明日の主題:もし塩が塩味を失ったなら、何によって塩味を取り戻すのだろうか?